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山形地方裁判所 昭和41年(ワ)172号 判決 1968年3月19日

原告

平泉いそ

被告

斎藤一清

主文

被告は原告に対し、金二〇七万二、六九四円及びこれに対する昭和四一年七月二九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

この判決は、一項に限りかりに執行することができる。

事実

第一、当事者の申立

一、原告

1  被告は原告に対し、金二五三万八四六三円及びこれに対する本訴状送達の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする

との判決並びに仮執行の宣言

二、被告

1  原告の請求を棄却する

2  訴訟費用は原告の負担とする

との判決

第二、当事者の主張

一、請求の原因

(一)  (事故の発生)

被告は昭和三九年一二月七日午後八時二〇分ころ、第二種原動機付自転車を運転し山形県西村山郡谷地庚三七番地先県道を進行中、同所を歩行中の平泉与助に衝突し、同人は右衝突により、頭部挫傷、脳内出血の傷害を負い。その結果同月八日午前三時三〇分ころ、同町谷地乙七五番地の二、田原病院において死亡したものである。

(二)  (過失の内容及び被告の責任)

被告は、右車両を運転して右道路左側を北方から南方に向け時速約四〇キロメートルで進行中、前記場所において対向して来る小型乗用自動車と擦れ違つたのであるが、当時降霙のため被告の使用する眼鏡に水玉が付着し、さらに対向車の前照灯が反射して前方注視の不能な状態にあつたのであるから、このような場合車両を運転するものとしては、一時運転を停止して眼鏡の水玉を払い、前方の見透しが十分できる状態になつてから運転を継続するなどして、衝突等の危険の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、左手で眼鏡の水玉を払つたものの前方注視をしないまま進行を続けたため、前方左側を同一方向に歩行中の前記平泉与助に気づかず、同人の後方約四メートルの地点に接近して初めて同人を発見し、あわてて急停止の措置をとつたが及ばず、自車を同人に衝突させるに至つたものである。

結局、被告は右加害者として、民法七〇九条に基づき右事故によつて生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

(三)  (損害)

1 平泉与助の逸失利益、金一九三万八四六三円。

与助は事故当時、妻である原告と共に菓子製造販売業を営一切が画餅に帰して多額の借財に困窮する結果となつた。原告には子がなく頼るべき身寄りもないのでその将来は暗澹たるものであり、本件事故によつて蒙つた原告の精神的苦痛は筆舌に尽し難い。これを慰藉するには五〇万円をもつて相当とする。

4 よつて、原告は被告に対し、右各損害金の合計額二五三七八四六三円及びこれに対する本訴状送達の翌日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、被告の答弁及び抗弁

(一)  請求原因(一)項は認める。

(二)  同(二)項中、被告が第二種原動機付自転車を運転するに当り事故現場の道路で時速四〇キロメートルを出していたとの点は否認する。被告はその際時速二〇キロメートル内外で進行していたものである。また、右進行中原告主張のとおり対向して来た小型乗用自動車と擦れ違つたこと、当時霙が降つていたため、被告使用の眼鏡に水玉が付着したこと、そのため運転進行中左手でその眼鏡の水玉を払つたことは認めるが、被告に原告主張のような過失があつたことは否認する。即ち被告は、右対向車と擦り違つた際、一瞬目がくらんだけれども、対向車が、被告車の側を通過した後は、直ちに前方の見透しができるようになつたのであり、また、右眼鏡の水玉を払いながらも前方注視を怠らなかつたものである。結局右事故は、与助が右対向車のライトの死角に入りその姿を発見することが困難であつたために生じたものである。

(三)  請求原因(三)項は不知

(四)  かりに、被告に右事故による損害賠償責任があるとしても本件事故現場は巾員一〇メートルの平担な舗装道路であつたところ、与助は道路の左側を、しかも道路端より三メートルも中央に寄つたところを歩行していたものであり、また当時右道路は車両の運行も余りたく、後方から来る車のライトにより容易に被告車の接近を認め得る状況にあつたのにかかわらず、これに注意を払わなかつた同人にも重大な過失があつたというべく、その過失が本件事故の一因をなしていることが明らかであるから、これを、本件事故による原告の損害額の算定にしんしやくすべきである。

第三、証拠〔略〕

理由

一、(事故の発生)

被告は昭和三九年一二月七日午後八時二〇分ころ、第二種原動機付自転車を運転して山形県西村山郡谷地庚三七番地先県道を進行中、同所を歩行中の平泉与助に衝突し、同人は衝突により頭部挫傷、脳内出血の傷害を負い、その結果同月八日午前三時三〇分ころ、同町谷地乙七五番地の二田原病院において死亡したことは当事者間に争いがない。

二、(過失の内容及び被告の責任)

被告は前記車両を運転し事故現場付近に差しかかつた際、対向する小型乗用自動車と擦れ違つたこと、当時霙が降つていたため被告の眼鏡に水玉が付着し、その運転進行中に被告が左手でその眼鏡の水玉を払つた事実のあることは当事者間に争いがなく、この事実に〔証拠略〕を総合すると、次の事実が認められる。即ち、被告は前記第二種原動機付自転車を運転し、前記道路の左側を北方から南方に向け進行し、時速約四〇キロメートルで本件事故現場付近に差しかかつた際、対向してくる小型乗用自動車と出逢つた。ところで、被告は近視のため眼鏡をかけていたのであるが、当時霙が降つていてこれが運転進行中の被告の顔面に当り、眼鏡に水玉が付着してしまう状況にあつたうえ、これに右対向車の前照灯の光が反射し前方注視が殆んど困難となつたので、被告は自車の前照灯を減光させ且つやや減速して右対向車と擦れ違つた。右対向車が通過するや、被告は、運転進行を続けながら、左手で眼鏡の下の方から指を差し込んで眼鏡の表裏を拭き、前方を見透し得るようにしたが、全く前方を注視しないまま、前照灯の照明をもとに戻すと共に速度を時速約四〇キロメートルにあげ、漫然進行を続けたところ、自車の進路途上を同一方向に歩行している与助の後方約四メートルに接近してはじめてその姿に気づき、あわてて急制動をかけると共に、ハンドルを切つて避譲の措置をとつたが、あまりにも近距離なうえ、アスフアルト舗装の右道路が降霙のためぬれてすべり易い状態にあつたため、右措置も間に合わず、自車を同人に衝突させるに至つた。被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信できないし、ほかに右認定を覆えすに足りる証拠はない。右認定事実によると、被告は運転中前方注視をしないで漫然時速四〇キロメートルで進行した過失により、与助の発見がおくれ、衝突による死亡事故を惹起させたものであることが明らかである。

そうすると、被告はその加害者として民法七〇九条により原告の後記損害を賠償すべき義務がある。

三、(損害)

(一)  与助の逸失利益

〔証拠略〕によると、与助は死亡当時普通健康体の年令五三才一一月の男子であつたこと、当時与助は妻である原告と共に菓子類の製造及び小売業を営み、昭和三九年中に六〇万円を下らない営業純収入があつたことが認められる。ところで、〔証拠略〕によれば、原告は所轄官署に対し、事業税、地方税の課税の基礎となるべき右年間の事業所得額を二四万五〇〇〇円として申告していることが認められるが、世上これらの所得申告が、実所得より相当低い金額でなされる場合のあることは決して少い事例でないことに鑑みると、右申告の事実のみによつては直ちに年間所得金額についての前記認定を覆えすに足りないし、ほかにその認定を左右する証拠はない。

前記認定によれば、右年収を与助一人が挙げた収入とみることはできないが、少くともその七割に相当する四二万円を、与助個人の収入と認めうべく、また第一〇回生命表による満五四才の男子の平均余命は一九・二九年であることから推して、同人も本件事故に遭わなければ右程度生存しえて、引き続き右営業に従事できたというべきであるが、その営業の性質内容及び同人には将来扶養してくれる子もないことなどの事実に鑑みて、同人が引き続き営業に従事し得る期間は満七〇才までとみるのが相当である。そして、同人の老令による稼働能力減少に伴う減収を考慮すると、その間の収入の程度は、原告主張のとおり五四才から六〇才までの七年間は死亡当時と同程度の収入、六一才から六五才までの五年間は死亡当時の収入の七割に当る収入、六六才から七〇才までの五年間は死亡当時の収入の三割に当る収入を下らないと推認することができ、同人はこれを事故による死亡によつて失つたということになる。ところで、原告本人尋問の結果によると、与助と原告は、終戦直後満州から引揚げ何の資産もないまま借財などによつて前記営業を始め、その後営業の収益などによつて居宅及び敷地を購入し、生活も軌道に乗りかけてきていたこと、しかし、与助にはそのほか現金の貯えなどみるべき遺産がなかつたことが認められ、この同人の生前における資産の蓄積程度に、一般的にみて収入の程度がその者の生活程度に影響するのが通常であることを併せ考慮すると、同人の前記収入を挙げるための生活費は、年額にして、六〇才まで各一八万円、六一才から六五才まで各一四万四〇〇〇円、六六才から七〇才まで各一二万円と推定される。そこで、与助の右稼働期間における生活費を控除した毎年の純益額につき、これから年毎にホフマン式計算方法によつて年五分の中間利息を控除して合算すると一九二万八一二七円となり、これが同人の得べかりし利益の喪失の一時払額であり、原告本人尋問の結果によると、原告は同人の妻として右損害賠償請求権を単独相続したことが認められる。

(二)  原告の積極損害

〔証拠略〕によれば、原告が与助の葬儀関係費用として合計三万七七四〇円(原告本人尋問の結果によつて認められる寺院に対する支払分合計四五〇〇円及び米一俵の現物提供分の時価六〇〇〇円を含む。)を支出したことが認められ、右額は社会通念上同人の死亡による通常の葬儀費用ということができるから、これを事故により原告の蒙つた損害というべきである。

(三)  過失相殺

〔証拠略〕によると、事故当時被害者の与助は、幅員一〇メートルの前記県道上を、道路端から三メートル中央に寄つたところに副つて左側通行していたこと、右道路は交通量の多いとは言えないが、通行車両が往来し、しかも夜間であるうえ降霙のために、見透しが悪るい状況にあつたのにかかわらず、同人は車の通行に注意を払わないで歩行していたことが認められ、右過失が本件事故の一因となつていると認められる。右過失をしんしやくすると前記(一)(二)項の各損害額をその五分の一減額すべきが相当と考える。右割合で過失相殺すると、被告の賠償すべき右損害合計額は一五七万二六九四円となる。

(四)  慰藉料

原告本人尋問の結果によると、原告は与助と共に平穏な生活を送つていたところ、突然本件事故により生活の伴侶を失つたばかりでなく、夫婦の間には子がないため、結局将来にわたり孤独の生活を強いられることになつた事情を考えると、原告の精神的打撃は甚大であるというほかはない。前項認定の与助の過失をしんしやくしても、原告に対する慰藉料の額は少くとも五〇万円を下らないとみるのが相当である。

四、(むすび)

よつて、原告の本訴請求は、以上の損害金の合計二〇七万二六九四円及びこれに対する訴状送達の翌日であること本件記録上明らかな昭和四一年七月二九日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法九二条、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 柿沼久)

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